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起承転結の「結」の時代、のんびり、ゆったり、平和に楽しく過ごしたい
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朝からの曇り空が火葬場に行く頃には晴天になっていた、さすが母。私も天気予報が悪くても何故かお天気になると確信していた。
朝一番の葬儀なのでおにぎりを食べて斎場へ。
司会者と打ち合わせて式が始まる。今日は住職ではなく、息子さんの副住職の読経。告別式と初七日の法要を済ませる。焼香が済むと皆で母に花を手向けた。白い着物でお花に囲まれた母はとても可愛かった。
孫たちも泣いて花入れをしていた。
最後に喪主の挨拶があったが、夫は読んでいるにも関わらず間違ってばかりで冷や汗ものだった。
母の骨は真っ白で小さかった。鳳凰の描かれた骨壷に納めて、斎場に戻った。
ささやかな食事を振る舞い、滞りなく母の葬儀は終わった。
食事会の最初の挨拶とお開きの挨拶をまた夫がしてくれたが、子供たちは笑いをこらえるのに必死だった。
今、母は小さな祭壇に飾られ、にこやかな笑顔の写真が私たちを見守っていてくれる。

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通夜当日は母のためにご飯を炊き、母の茶碗に山盛りにして、お団子も大きいのを6個皿にのせて持って行った。
私たちは式の1時間半前に行き、花についているお名前の確認、並び順の確認をした。初めてのことで並び順など分からないが、長男が「こことここは替えた方がいいんじゃないの」と言ってくれたので相談して、誰も気を悪くしないように並び替えてもらった。娘に祭壇の写真を撮ってもらった。
白木の位牌に母の戒名が書かれていた。
「春光院妙愛信女」写真の笑顔の母にピッタリの良い戒名をつけていただいて、住職に感謝です。
通夜にみえた近所の方も「写真がおばさんらしくていい」と言ってくれたので皆さんにも見ていただこうと思います。通夜の後の清めの食事の時も皆さんにこやかで、母の95歳の大往生を祝っているようだった。母も一緒にそこに居て笑っているように思えた。

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お通夜までにぽっかりあいた一日、棺に入れる物を選んだ。母の晩年は特に大切にしていた物もないので、デイサービスで自分で書いた塗り絵の本2冊と折り紙、昔仲良しだったお友達とお揃いで縫ったうわっぱり、髪の毛がまだ伸びていないので愛用の毛糸の帽子、夫の写した睡蓮の写真を入れることにした。
お通夜も告別式も喪服は着物ではなく洋服にしたので、気を使わなくていいなと思っていたら、礼服はあるけど黒いコートがないことに突然気付いた。よその葬儀にはコートは派手じゃなければ黒でなくても構わないと思ったが、今回は黒じゃないとまずいと思った。
夫も普通のコートで行こうとしていたので、二人で急いでコートを買いに行った。母がいたらきっと買ってくれただろうが、もう甘えてはいられない。二人分の出費だ。黒は1枚持っていた方がいいわね。子供たちは何故か皆黒いコートを持っていた。
告別式の最後に喪主の挨拶がある。文例を参考にして私が原稿を書き、夫が読み上げることになる。漢字にはほとんどふり仮名をふり、読み間違えないように注意して、二人で明日とあさってを頑張ろうと話した。

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娘と二人で斎場に行き、湯灌の儀式に立ち会った。
母は見る度に表情が柔らかくなっているようだった。
清めの水をかけてから、全身をきれいにしていただいた。髪を洗ってもらう時、気持ちが良さそうな顔に見えた。デイサービスにまだ行けなかったので、しばらくお風呂に入れなかったもんね。きっと気持ちが良かったんだと思う。丁寧に時間をかけて最後に私たちも顔を拭かせてもらった。
宗派に法った旅立ちの装束を身にまとい、薄く化粧をしてもらった母はとてもきれいだった。
杖を入れたり、草履を履かせたりして、これで父の所に行くんだなと思ったら、急に涙が出てきた。
父は13年も母が来るのを待っていたのかなと思った。大好きな母を橋の所で待っているのかなと思った。
父から預かった母を父の元に返せるんだなと思うとほっとする気持ちがある。
家から母を包んできた私の毛布と最後に着ていた寝間着、娘がくれた足先を包む小さなピンクの毛布も棺に一緒に入れてあげられた。私の毛布が母と一緒に行けることが何だかうれしかった。

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朝、警察から連絡があり11時に病院に来るように言われる。姉を呼んでいたら姉は家族総出で来てくれた。
姉は私の顔を見るなり「長い間ありがとう」と言った。私はそれだけでいいと思った。
娘と義兄の車で病院へ。警察の検視官はあちこちの病院を回ってくるので予定より2時間も遅れた。よくあることらしい。私たちは姉と母の話をしていた。
検死の結果は多臓器不全、老衰ということだった。検死の結果に不審がなかったので、母は葬儀社の車で帰ることが出来てホッとした。
その後斎場に、母を安置し通夜・告別式の打ち合わせをした。姉夫婦がいてくれたので心強かった。間に友引が入るということで9日通夜、10日が告別式と決まった。少し日にちに余裕があり、心の準備、写真など選ぶのには良かったと思う。
告別式の後、49日まで一階に祭壇を飾るので、至急ベッドを撤収してもらう手配をした。デイサービスに行くために持って来てもらったスロープも車椅子のクッションもついに一度も使わずに返却することになった。夕方来てくれて、とても感じがよく、短い間だったけどとてもお世話になり感謝の気持ちでいっぱいだった。
夜、母の写真を出して娘とどれがいいか決めた。デイサービスに行っていた時の笑顔の写真がいいかなと思ったが友達と一緒だし。と思ったがパソコンで編集してみたらなんとかなりそうだった。
明日は湯灌に立ち会うため娘とまた斎場へ行くことになった。ギクシャクしていた私たち母娘もおばあちゃんのお陰ですっかり元通りになっていた。




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