起承転結の「結」の時代、のんびり、ゆったり、平和に楽しく過ごしたい
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「お施餓鬼」かと思ったら「大施食会」と書いてあった。
毎年家のお寺は8月5日に行われる。いつもは会費だけ送って行かないのだが、今年は3月のお彼岸にお寺参りに行かれなかったので参加することにした。
今年は東北の大震災があったので、それもたくさんの人と一緒に供養が出来たらいいなと思った。
リリモモは5時間以上のお留守番、大丈夫かしら。
東逗子まで1時間半、お寺にはたくさんの人たちが集まっていた。
本堂はエアコンなしで窓開け放し、扇子が配られた。
でも落ち着くと意外と風が入り涼しかった。
20人以上のお坊さんが一堂に会し豪華だったが、私たちも一緒に拝むというのがなかったので少し物足りなく感じた。
塔婆をお墓に供えて帰ってきた。
リリモモは元気にお留守番出来ました。何もいたずらしてなかったしお利口でした。
少し前にペディグリーチャムの小型犬のよろこびのコマーシャルに出ていたチワワとダックスにリリモモが似ていて娘と大騒ぎしたけど、あのコマーシャルもう終わっちゃったのね。思いついたらすぐ書かないとダメね。
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「一人カラオケ」が流行っていて、娘もこの間行って来たって。
私はカラオケはいいかな、一人でカルタをやってみようと思った。
作っても相手がいないのでほとんどやる機会がなかった。
久しぶりにイントロを聴いたら、すぐに曲名が出てこないのがあった。
これはまずい、カードを取って1度やったが、カードなしで何度も聴いてみた。
すぐにわかる曲とかなり聴かないと出て来ない曲もある。
「ジュリー祭りカルタ」は結構分かるが「初級」と「上級」では分からないのがあった。やはりしばらく聴いてないと忘れちゃうのね、忘却の天才だもんね。
「老いの才覚」に孤独と付き合い人生を面白がることが必要だと書いてあった。
今は家族が多いので孤独になりたいくらいだが、実際孤独になったらやはり淋しいだろうな。そんな時一人で遊べることは大事なこと。
でもまだまだ誰かと遊べればその方が楽しいに決まっている。
また今度誰かカルタに付き合ってね。
「あってる」とか「お手付き」とか判断しないといけないので私はたまに復習しておきますね。
「老いの才覚」の中で「老人は一般的には65歳以上の人だとされています」と書かれていた。
私はまだその範疇には入っていないが「老人予備軍」という所でしょうか。
老化度を測る目安はシワや白髪、入れ歯の数ではかるより「くれない指数」で見る方がはっきりわかると書いてある。
「くれない指数」とはどれだけ人を当てにするかということ。周りの人が「してくれない」と愚痴る人。
自分の老化がどれだけ進行しているかは、どれだけの頻度で「くれない」という言葉を発するかを調べてみるといいんだって。
私はあまり「くれない」を言わない方かもしれない。頼むより自分でやる方が早いと考える。子供の車も向こうから言うかよほどの事がない限り当てにはしない。
娘は私たちの事を「遠慮がちな親」と言う。
そういえば私の両親がそうだった。娘と一緒に住んでいてもそれほど私たちを当てにはしないで暮らしていた。
特に母はこんな本を読んでいなかっただろうに、当てはまる事ばかりだ。
母には老いる才覚があったことを知って嬉しい。
写真は関係ないがのんきに洗濯籠に入ってるリリモモを見てると癒されるので。